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武川 和憲Take

2017.07.24

31のたび日記【12.13.14/31】街のまち・東京都東京

東京、好きなんですよ。
「あれが欲しい」と思ってから手に入るまでのスピードが田舎とは桁違いだし、色んな価値観のひとがいて色んな人生に触れることができるので、「そんなやり方があるのか」とか「あ、そういうことやっていいのね」とか、数々の発見があります。ちょっと前まで住んでたんですが、そのことによる価値基準への影響はかなり大きい。

…なんですが、やっぱりね、思ったんですよ。渋谷駅のホームに降り立った瞬間、「あぁ、家帰りたいな」と。
これまで旅していて家に帰りたいとは思ったことなかったんですが、渋谷駅のあの感じがノスタルジアを引っ張り出したようです。

なんかね、東京にいると居場所がないことにすごい不安を感じるんですよ。急いでどこかのコミュニティに逃げ込んでも、コミュニケーションが上滑りしてる感じがして落ち着かない。しっくりくる居場所が見つかるまで、不安と戦わなければなりません。

なんなんでしょうね、この不安の原因って。人工物に囲まれてることによる四面楚歌感かなと思ってますが、東京育ちのひとは感じないそうです。(というか、こんな追い詰められてるのって僕だけなのか…?)

話は変わり。
東京23区は今年で成立70周年なんだそうです。それまで35区あったものが、戦後、範囲はほぼそのままで再編成されたそう。

で、ちょっと思い出したんですが、小学校のとき「東京都の都庁所在地は『東京』」って習いませんでした?
他の道府県は〇〇市と記載されているのに、東京都だけ『東京』。
当時、このことについて先生に聞いてみたのですが、回答内容は理解不能でした。
おそらく、先生は以下のようなことを言っていたのだと思われます。

「この資料集には『東京』と書いてあるけど、東京市っていうのはないんだよ。東京都の都庁は23区のなかの新宿区というところにあって、23区のことをここでは『東京』と表現してる」

…うーん何でしょうか、もう『県名と市名が一致しない』とかそんなレベルではありません。
東京市というものが存在しないという事実に加え、英数字に付属する"区"という謎の行政単位の出現、さらには新宿という見知らぬ土地名の登場です。
というかそもそも、「それならなんで『新宿』って書かないの?」という単純な疑問の発現により、混乱は極みに達しました。
この都庁所在地問題は長らく僕の中で未解決箱に入れられていたのですが、神戸市に引っ越したとき"区"に再会し、ここで初めて東京の23区はそれぞれが市に匹敵する権限をもつ特別区だということを認識し、それの総称として便宜的に『東京』を用いているという理解に及びました。
(でもね、だったら尚更、都庁所在地は『新宿区』と記載すべきだと思うんですよ。そうすれば混乱がないと思うんですけど。いまはもう『東京』じゃないのかな)

だいぶ話が逸れました。
その『東京』についてですが、23区が成立する以前の『東京府東京市』だった頃はどうなっていたのかちょっと気になったので、台東区を例に調べてきました。
台東区は皇居の北東のこのあたり。

上野動物園がある上野や浅草寺がある浅草を含む一帯です。
台東区は旧東京市35区のうちの下谷区と浅草区が統合されたもので、台東区の"台"は上野台地を、"東"はその東にある浅草地域を表しているらしい。(浅草のバーター感…)
区の統合は、皇居を中心とした人口過密地帯で多く見られます。麹町区+神田区=千代田区、日本橋区+京橋区=中央区とか。
区の再編成の目的は戦後の首都復興であり、これを最適に行うために人口比率や区域を調整し、現在の形になったそう。
住んでたころは成り立ちなんて気にもならなかったんですけどね。離れてこそ興味を持つというか。不思議なもんです。

3日間、なんだかんだで細切れの時間しかなかったんですが、ひとつ面白いところ見てきました。ここです。

IID世田谷ものづくり学校
(無許可の撮影が全面禁止されてたので、こちらのHPをご覧ください)

廃校になった学校の活用法を全国に先駆けて示した事例として、その筋では有名です。
見た目はもう中学校そのまんま。学校というもののイメージ通り、四角い建物の白い壁に規則正しく並んだ窓たち。校門から校舎までのアプローチにある花壇には、サルビア等のザ・学校の花が植えてあったり、グランドや体育館などは現役と見間違うほど綺麗に整備してあったりします。
かつては下駄箱が並んでいたであろう中央玄関から中に入ると、そこはもうクリエイターの巣窟。教室一つひとつがオフィスや店舗、作業場になっており、ベンチャーのような見るからにイカした集団がパソコンカタカタやってる部屋もあれば、手作りの服や靴を売っている部屋もあり、かと思えば「もうこれ工場じゃん」レベルの木材加工設備を備えた部屋もあって、幅の広さにビビりました。
3階建ての校舎は満室で、現在空き待ちなのだそう。
ただし、賃料を払いさえすれば入れるわけではなく、条件があるそうです。
それが、

「ものづくりに関わる事業を実施していること」

「本業に関連する体験型ワークショップを定期的に開催すること」

なのだそうです。

下の条件いいですね。ホームページを見てみると、めっちゃワークショップやってます。楽しそう。

僕が行ったときはワークショップは開催されておらず、どの部屋の方々も上の条件を全うされており、軽いノリで入ったらシバかれる感じだったので、保健室を改装したカフェでコーヒー飲んだり、ドラマやCM撮影で使われる(当時の教室を再現した)部屋などを静かに見て回りました。

申し込みの時、目的欄に『視察』という選択項目があったのですが、なんかめっちゃ丁寧に解説してくれそうだったので、ビビって『見学』を選んでしまいました。
こちらから話しかけるときは誰に対しても「時間を割いてもらって申し訳ない」という気持ちが少なからずあるのですが、ことクリエイターに対しては、彼らが生産に費やす時間を奪ってしまうことへの罪悪感がめっちゃあり、簡単に時間を割いてもらうことができません。僕が奪った時間分だけ何かのクリエイトが遅くなり、それによって誰かの幸せに間に合わなくなるかもしれないと、そう思うのです。

そんな感じの東京編。

そして、泊まった宿は以下の3つ。
7/12 Tokyo Hostel ENISHI
7/13 東京ゲストハウスtoco.
7/14 Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE

ENISHIとNui.は1階がバー、2階以上が宿泊スペースになっているビルディングスタイル。
toco.は立派な日本庭園がある古民家スタイル(エントランス部分はがっつりリノベーションしてあり、夜はバーになる)。
どれも『夜に酒飲みながら気軽に交流できて、眠くなったらすぐ寝られる』というめっちゃ好きな宿でした。
ENISHIはこんな感じ

Nui.はこんな感じ

toco.は写真撮ってないですが、たぶん日本で一番有名なゲストハウスなので、画像検索すると大量に出てくると思います(宿泊じゃないひとが何人も見学に来てたレベル)

注:「めっちゃ好きな宿」とか言っておきながら、画像はどちらもバーではなく共同スペースのものです。また、14日は宿に着いてちょっと横になろうと思ったら13時間寝てました。バー行けれてません。なんなんだよもう。

【わらしべ通信】
新潟県新潟市でもらった『今代司』の枡は、toco.五周年のときに作ったオリジナル手ぬぐいになりました。ありがとうございます。

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