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武川 和憲Take

2018.03.04

旅人タケの旅日記-「真冬の北海道は壁があるだけでありがたい」編-

こんにちは。旅人のタケです。

突然ですが、みなさま、冬の北海道を旅したことはありますか?

僕は先日初めて真冬の北海道に行ったのですが、これがまたなかなか強烈でした。
なにが強烈だったかというと、建物内外の寒暖差。
めちゃくちゃ寒いであろうことを予想して、ヒートテックの上に裏起毛のシャツ、厚手のセーターを着、さらに羽毛のジャンパーを羽織っていたのですが、飛行機から降りて5分後にはもう全身汗にまみれていました。
外は-5℃なのに、空港の建物内部は30℃。ほぼ同じ緯度経度に立っていても、寒暖差35℃です。
ゆえに、空港内は半袖のTシャツ一枚で歩き回っている人とモッコモコに厚着した人が入り乱れており、2階から道ゆく人々を眺めていると「ここほど『季節感』という単語が意味をなさない場所はないなぁ」と(汗にまみれながらも)しみじみ感じ入ることができます。

もし、今冬に北海道行きをお考えの方は、ヒートテックやインナーで体温調節するのではなく、上着で行うことを強くお勧めします。

さて。僕が今回なぜ北海道に来たのかというと、これです。
未来会計マスター講座

数字の羅列で、読み解くのが困難な「決算書」ですが、ここから適切な数字を拾って組み替えることで、会社の財務体質を把握したり未来の戦略を立てたりすることができます。これを自社で実践したり、他社分析に応用する力を身に付けましょう、というのが本講座の趣旨です。今回僕はスタッフとして講座に参加しました。
ということで、実はこの北海道上陸の目的は観光ではなく、出張です。

出張を完全に仕事にするか、はたまた旅にするかは、これはもう考え方次第。
1日24時間のうち8時間しっかり仕事したとしても、残り16時間。16時間もあれば、十分ローカルの魅力を見つけ、満喫することができます。観光の方が気持ちに余裕がある分、ともすれば行動時間は短くなるかもしれません。

講座の開始時刻が10時だったため、前日に北海道入りした僕は、新千歳空港からバスで30分ほどの閑静な住宅街にある『ゲストハウスYURIN』を目指しました。ここが本日の宿です。

…が、開いてない。チェックイン可能な時間を過ぎているはずなのに、ドアをガチャガチャやってみてもびくともしません。

実はこの数時間前から、飛行機に積み込まれたときに壊れたのか、トランクケースのコロコロを機能させるための伸びるはずの取っ手が伸びなくなっていたのです。否応なく4泊分の着替えとパソコンその他が詰め込まれた激重カバンを持ち上げて歩きまわっていたため、すでに疲労がピークに達していました。そして、空港の暑さに耐えかねてヒートテックとセーターを脱ぎ捨ててしまったことにより、-5℃という激寒環境においてシャツとジャンバーだけという北海道民失笑必至の謎スタイル。

ひとまず服を着れるだけ着、自販機のホットコーヒーで暖を取りながら、1時間ほど待ちました。(あとで気づいたのですが、宿の人から夕方まで不在にする旨のメールがだいぶ前に入っていました)

YURINさんは1階がゲストハウスで2階が自宅というスタイル。ゲストハウスのために新築したという非常に珍しいタイプで、立地もハイソな住宅街(もともと大学を誘致する予定で整備された場所らしく、めちゃくちゃ広い範囲が住宅地になっている)という個人的ゲストハウス史上、類を見ない宿でした。
この日のゲストは僕ひとりだったので、リビングでパソコンをパチパチやりながら、神奈川から移住してきた宿のご主人と『北海道の方言と土地事情』について話し込みました。
そうして油断していると、突然、保育園児の2人の娘がうわーっと来てお店屋さんごっこが始まり、あっという間に僕のパソコンが25円で売られてしまうという事件が。(このあと必死の交渉の末、300円で買い戻すことができました。レートがえぐい)

いろいろあって眠気がやばかったので、この日は日付が変わる前に就寝…。

―――――

翌日は5時起き。外は相変わらず極寒でした。

ご主人から「-40℃くらいになったら路面がガチガチになるから、ノーマルタイヤでも大丈夫だよ」という衝撃的な話を聞きつつ、車で駅まで送ってもらい、電車で札幌に移動し会場入り。

セミナー終了後は、講師の先生、参加者の方とともに建物から小走りで5秒の居酒屋へ駆け込み、十分に体を温めたあと、同時期に開催されていた『さっぽろ雪まつり』に行きました。
制作にかなりの工数を要したと思われる大物に目をひかれがちですが、

僕は素人が作った粗々な雪像の方にむしろ惹かれ、見つけるたびに写真を撮りまくっていました。


 

『さっぽろ雪まつり』を堪能し、「最後にラーメン食べていかない?」「おお!いいっすねー!」という軽快な会話をしていた折にポケットのスマホが振動。取り出してみると、この日の宿からの連絡だったのですが、その内容が以下。

普通なら「おいおい、結構いい額のお金払ってるのにそりゃねーぜ!?」となるのですが、-10℃近い北海道の夜においては、壁があるだけでそこはもう天国そのもの。一言の文句もなく、なんならテンション高めに「承知しました!!」と返信したのでした。

”座椅子を繋げて布団にしたもの”の写真を一応上げておきますと、こんな感じ。

送られてきたメールの内容と一切違うことのない、座椅子+座布団で構成された寝床。そして、頭の上には大量の一升瓶が。

この空間は本来Barとして機能しているので、当然種々様々なお酒が置いてあります。僕と同じく寝床難民となった人たちがかなりイケるくちだったので、台湾、韓国、アメリカの各国からお越しの方々と謎の飲み会が始まり、

そのまま気を失うように眠りに就いたのでした。(結局ベッドいらなかった)

―――――

フラットではない布団(?)で長時間横になっていたため、目覚めとともに襲ってきたのは、いままで出会ったことがないほど強烈な全身のバキバキ感。これを気合で跳ねのけ、なんとか身支度を整えて出発します。
昼休みにお弁当を食べながら「今晩はジンギスカン食べよう!」「すすきのブラついて美味しそうなところに入ろうよ!」と盛り上がっていたのですが、講座が終わって建物を出た瞬間、ものすごい冷気に一瞬で心をへし折られ、近くの居酒屋に駆け込んで乾杯。

この日は10階建てのビルの全フロアをゲストハウスにしている『THE STAY SAPPORO』という都会的な宿に宿泊することに。広いリビングとBarがあり、最上階からはすすきのの街を見渡すことができるという好条件でした。


広々としたベッドスペースとふかふかの布団に包まれて、心安らかに眠りました。

―――――

そして迎えた札幌最終日。
前日に地元の人に美味しいジンギスカンの店を教えてもらっていたので、講座終了と同時にタクシーで向かいます。着いたところはここ、『ビヤケラー札幌開拓使』。
もともとビールの貯蔵庫だった建物らしく、かなりいい雰囲気でした。

そして出てきたJINGISUKAAAAAAAAAN!!!!

一皿目をぺろっといった我々は、「これならいくらでも食べれるわ」ということで追加注文したのですが、出てきたのは一皿目の2倍はあろうかという量の肉。はじめは意気揚々と焼いていたのですが、後半はヒツジに対する呪詛をはきながらひたすら肉を胃に収める作業を行うはめに。結局、3人で9人前くらい食べました。

最終日の宿はここ、『ゲストハウスWaya』。


なかなかアーティスティックでインディビデュアルな内装です。
ゲストがまだ誰も到着していなかったので、1階のBarで旨いトマトラーメンを食べながら、

稚内から鹿児島まで歩いて旅していたというアメリカ人スタッフと話すことに。

彼は、ONEPEACEの大ファンらしく、繰り返し何度も読んでいるのだそう。ただ、「ジャンプでは読まない」と言っていたのですが、その理由は「話が全然進まないから」。大好きな漫画でイライラしたくないから、週刊誌では読まずに単行本を(しかも3冊新刊が出るまで待って)一気に読むようにしているらしい。なかなか生産性の高い読み方をする男でした。
(「なんかここ見たことあるなぁ」と思っていたら、少し前にソトコトという雑誌に特集されてました。派手なパンツの外国人が、上記の彼です)

…と、ここまでは良かったのですが、ベッドにもぐり込んで寝つきかけた頃に隣の部屋で外国人ゲストの方々によるジェンガ大会が始まり、
ワイワイガッシャーン!ワイワイガッシャーン!ワイワイワイワイガッシャッシャーァァァァン!!!!!!ワハハハハハ!!!!
というのを深夜2時くらいまで繰り返されたせいで、完全なる寝不足…。
(次の日に講座がなくて本当によかった)

―――――

ところで。
話は変わりますが、みなさん、札幌はいわゆる碁盤の目のようなまち割りになっているのをご存知ですか?

碁盤の目といえば京都。札幌は当時最新だったアメリカの街づくりを参考にして、明治時代に荒野をガッツリ整備したそうですが、1000年前と同じ発想だというのが面白い。
札幌も京都と同じく東西の通りと南北の通りが交わるところ(交差点)に名前が付いているのですが、両地は交差点の名付け方が若干違います。

まずは京都。
京都は、例えば堀川通を走っていても、三条通を走っていても、そしてどっちの方角に向けて走っていても二つの通りの交差点名は『堀川三条』です。

対して札幌はこう。
北1通を東に向けて走った場合、交差点の看板には『北1西1』、西に向けて走った場合は『北1西2』と書いてあります。


南北方向の通りは創成川通から西に西1・西2…、東に東1・東2…、東西方向の通りは大通(大通公園)から北に北1・北2…、南に南1、南2…となっています。
札幌在住の方にとっては特に問題ないそうですが、札幌在住でない僕は「こっちの交差点が『北1西1』、あっちの交差点が『北1西2』だから、えっと、この道は北1通でいま東に向かって進んでるのかな?合ってる?」となりました。

なぜ進行方向によって交差点の名前が違うのか札幌の方に聞いてみたところ、実は交差点の看板に書いてある”交差点っぽい名前”は交差点名でなく、区画の名前だそう。交差点には名前がないらしい。なので、厳密にはこうです。

西から東に向けて走ると『北1西2』の看板が先に目に入るし、反対に東から西に向けて走ると『北1西1』が先に目に入るという仕組み。
知らない街を歩くと、いろいろ面白い発見があります。

 

といった感じの札幌旅。
空港でじゃがポックルを大量に買い込んで帰岡です。

 

余談ですが、珍しく快晴の日に飛行機の窓際席がとれたので、北海道から岡山までずっと地上を見下ろしてました。雪化粧の山々に見とれて写真とるの忘れたんですが、唯一撮ったのがこれ。

これ、どこの写真がわかりますか?
小学校の社会の時間に授業そっちのけで地図帳ガン見していた不真面目な方、超有利です。

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